陋巷に在り 全13巻
陋巷に在り (ろうこうにあり)
酒見賢一 著 新潮社
☆☆☆☆
1 儒の巻 2 呪の巻 3 媚の巻

「泣き虫弱虫諸葛孔明」に続き、酒見賢一ファンの同僚からお借りして一気に読了。これめちゃくちゃ面白かった上に、物凄く勉強になったシリーズでした。
「賢なるかな回や。一箪の食、一瓢の飲、陋巷に在り。」と孔子に評され、孔子が自分の後継者にと考えていたほどの弟子、顔回。陋巷とは貧しい者達が住むせまくて汚い裏町の事です。
顔回は、子貢や子路等の弟子たちと比べると、全く何もしていなくて、記録だけだと何でこんなにも孔子に評価されてるのかがわからない弟子なんですよね。そして病で若くして亡くなっています。
4 徒の巻 5 妨の巻 6 劇の巻

この小説は、その設定を裏手にとって、実は顔回が恐るべきサイキックパワーを持っており、孔子の目指す道を、別な方向から助ける人間として描かれてました。
とは言え、馬鹿らしいサイキックパワー同士の戦いみたいな作品ではなくて、中国の古代文明における「儒」というもののを作者が解釈した上で脚色された、本格的歴史ファンタジーと呼んで良い作品でした。物語そのもは歴史の記録通りに進んでいきます。
7 医の巻 8 冥の巻 9 眩の巻

それぞれの巻にはその巻を象徴する漢字1字がタイトルになり、冒頭で白川静の「字統」からその漢字が本来持っていた意味、語源の解説文が入ります。「字統」、まじで欲しい!と思ったけど、高額な上、私が持ってても「宝の持ち腐れ」になるので(笑)止めましたが、白川先生の何か簡易な漢字の本は買おうと思ってます。
イヤ、とにかく、今まで「儒教、儒教」と、何も知らずに口にしていましたが、本来の「儒」とは「需」で、巫祝の雨乞いするところとし、儒学は巫祝から生まれたのですね。
10 命の巻 11 顔の巻

そして孔子の母親の顔徴在は、魯の地において太古からの原儒を伝える顔一族の巫女であったとし、そこから孔子がこの世に生を受けた意味をファンタジー小説として構築した小説です。そして、顔回はその顔氏一族の中で最も力のある若者だったという設定です。
原儒のままであったなら、やがては滅び忘れ去られていったであろう、「儒」を後世に残すために、神より選ばれた存在、それが孔丘仲尼であると。
孔子がこだわった「礼」とは、後世の人間が考えるただの礼儀ではなく、実は巫祝のパワーの源となるものだという設定が私個人としては衝撃的でした。
人から発せられた言葉が、ただの言葉ではなく、発せられた途端にパワーを帯びてしまう(言霊)の力は、誰でも経験したりその力を感じる事もあると思うのですが、礼とはそれに似たパワーを持つものとして、鬼神を鎮めるためのものとして、神とのコンタクトをはかるためのものとしてある。要するに「礼」とは基本的に葬儀の事なんですね。
10 命の巻 11 顔の巻

ちょっと私では説明が難しくて何言ってるかわかんないと思いますが、中国の歴史好きの方には是非読んでいただきたい傑作小説でした。表紙は諸星大二郎氏、「小説新潮」での連載時には南伸坊さんが挿絵を描かれていたそうで、単行本にはその時の挿絵も収録されていました。
とにかくめっちゃ面白いので、超お勧めです!

墨攻 (文春文庫) - 酒見 賢一
酒見賢一 著 新潮社
☆☆☆☆
1 儒の巻 2 呪の巻 3 媚の巻

「泣き虫弱虫諸葛孔明」に続き、酒見賢一ファンの同僚からお借りして一気に読了。これめちゃくちゃ面白かった上に、物凄く勉強になったシリーズでした。
「賢なるかな回や。一箪の食、一瓢の飲、陋巷に在り。」と孔子に評され、孔子が自分の後継者にと考えていたほどの弟子、顔回。陋巷とは貧しい者達が住むせまくて汚い裏町の事です。
顔回は、子貢や子路等の弟子たちと比べると、全く何もしていなくて、記録だけだと何でこんなにも孔子に評価されてるのかがわからない弟子なんですよね。そして病で若くして亡くなっています。
4 徒の巻 5 妨の巻 6 劇の巻

この小説は、その設定を裏手にとって、実は顔回が恐るべきサイキックパワーを持っており、孔子の目指す道を、別な方向から助ける人間として描かれてました。
とは言え、馬鹿らしいサイキックパワー同士の戦いみたいな作品ではなくて、中国の古代文明における「儒」というもののを作者が解釈した上で脚色された、本格的歴史ファンタジーと呼んで良い作品でした。物語そのもは歴史の記録通りに進んでいきます。
7 医の巻 8 冥の巻 9 眩の巻

それぞれの巻にはその巻を象徴する漢字1字がタイトルになり、冒頭で白川静の「字統」からその漢字が本来持っていた意味、語源の解説文が入ります。「字統」、まじで欲しい!と思ったけど、高額な上、私が持ってても「宝の持ち腐れ」になるので(笑)止めましたが、白川先生の何か簡易な漢字の本は買おうと思ってます。
イヤ、とにかく、今まで「儒教、儒教」と、何も知らずに口にしていましたが、本来の「儒」とは「需」で、巫祝の雨乞いするところとし、儒学は巫祝から生まれたのですね。
10 命の巻 11 顔の巻

そして孔子の母親の顔徴在は、魯の地において太古からの原儒を伝える顔一族の巫女であったとし、そこから孔子がこの世に生を受けた意味をファンタジー小説として構築した小説です。そして、顔回はその顔氏一族の中で最も力のある若者だったという設定です。
原儒のままであったなら、やがては滅び忘れ去られていったであろう、「儒」を後世に残すために、神より選ばれた存在、それが孔丘仲尼であると。
孔子がこだわった「礼」とは、後世の人間が考えるただの礼儀ではなく、実は巫祝のパワーの源となるものだという設定が私個人としては衝撃的でした。
人から発せられた言葉が、ただの言葉ではなく、発せられた途端にパワーを帯びてしまう(言霊)の力は、誰でも経験したりその力を感じる事もあると思うのですが、礼とはそれに似たパワーを持つものとして、鬼神を鎮めるためのものとして、神とのコンタクトをはかるためのものとしてある。要するに「礼」とは基本的に葬儀の事なんですね。
10 命の巻 11 顔の巻

ちょっと私では説明が難しくて何言ってるかわかんないと思いますが、中国の歴史好きの方には是非読んでいただきたい傑作小説でした。表紙は諸星大二郎氏、「小説新潮」での連載時には南伸坊さんが挿絵を描かれていたそうで、単行本にはその時の挿絵も収録されていました。
とにかくめっちゃ面白いので、超お勧めです!

墨攻 (文春文庫) - 酒見 賢一
この記事へのコメント
「陋巷に在り」、ホントにメチャクチャ面白いですよね。
私も傑作だと思います。
孔子や儒教をこんなふうに料理しながら、うまく史実にからませるなんて、作者は天才としか思えません。
作者の儒教の解釈には、びっくりしました。
読んだのはかなり前なので、詳しくは覚えていないのですが、
孔子の戦闘者ぶりは記憶に残っています。
とくに最後の、たしか斉から送られた舞姫軍団(?)に、舞で対決するところ、
圧巻でした。
もう一度読んでみたくなりました。
各巻のタイトルが漢字1字になっていて、その語源の説明があるのも、面白かったですよね。
漢字といえば、通っているハングル書道教室で、7月から何と「蘭亭序」を臨書することになりました。宿題なので、家で少しずつやっていますが、難しいですね。
なかなか思い通りには書けませんが、俗世間を離れた気分でやっています。
こんばんは。
コメント有難うございます。
以前、Lingmuさんもこの本、お勧めされてましたよね。
同僚に借りる事が出来たのですが、もうホントに凄く面白かったです。
これほど内容の濃い歴史ファンタジーはそうそうないと思います。とにかく中国古代文化の蘊蓄がとても勉強になりました。
そうそう、魯が公山不狃に急襲された時の孔子は、ほとんど関羽みたいでしたよね。(笑)
斉からおくられた舞姫軍団とのシーンも良かったですよね~。
どの巻もなかだるみが全くなくて、本当に傑作小説でした。
それと今は、書道教室で蘭亭序に取り組んでらっしゃるんですね!
Lingmuさん、紹興に行かれた事がある話されてませんでしたっけ?憧れちゃうな~~。
私は王義之の展覧会で、蘭亭序の手ぬぐいを買いました。(笑)使わないで大切にしまってあります。(*‘ω‘ *)
そうそう、紹興には行ったんですがね......20年くらい前で、王義之も蘭亭序もほとんど知らなくて、上海に行った時足を伸ばしたんですが、
魯迅の生家や、ある女性革命家の生家には行きましたが、蘭亭には全然。
今調べたら、蘭亭は観光名所になっているんですね。そりゃ、1700年前とは違うでしょうが、残念なことをしました。
郊外では、確か東湖というところに行って、おじいさんが足で漕ぐ舟に乗って、洞窟のようなところを舟でくぐった記憶があります。桃の花と芽吹いた柳がきれいで、趣がありました。
どこへ行くにも、予備知識があってこそ、より楽しい旅になるということですね。
😢
こんにちは、
早速のお返事有難うございます。
紹興、行かれた事、やっぱありましたよね。確かに、その地の歴史や文化を知っていてこそ、旅行は何倍も楽しめるとは思うのですが、それでも魯迅の生家に行った事だけでも貴重!
あと、私は、地元の紹興酒が飲めれば満足です!(笑)
この後、記事作ろうと思ってるのですが、大河ドラマの「平清盛」見てから、平安~鎌倉時代にがぜん興味津々で、もうちょい源氏についても学んで、コロナが収束したら鎌倉へ史跡巡りに行きたいな~なんて思ってます。
あと満を持して京都にも!(*‘ω‘ *)